2005年07月22日号

安かろう悪かろう、の安心


100円ショップで買ったファスナー付きのビニールの書類入れがこわれてしまった。3ヵ月くらい使ったか。ファスナーを引っ張って開けようとしたら、ファスナーそのものがバッグからはがれて、取れてしまったのだ。よく見たら、接着剤でビニールに貼ってあるだけ。


   腹が立つより先に思わず笑ってしまった。100円ということもあるが、こんな安さで買った品物が、それなりの価値しかない、いわば安かろう悪かろうの粗悪品だったことに、妙に安心したのである。


   安く売ればいいと、世の中の生活の仕組みをやみくもに破壊してきた人たちがいる。スーパーだったり、100円ショップだったりする。急成長した衣料品店チェーンの社長が、中国から米や農産物を輸入して、中間業者を通さず、消費者のために安く売る、と意気揚々と発表するのを聞いて、「馬鹿ではないか」とあきれたことがある。この人たちは問屋など中間業者に働く人が、その中間マージンで生活し、消費経済を支えてきたことを想像できないのだろう。安くすれば消費者利益だという大義名分をうそぶいてきた。


   時代の流れという側面は大きいが、それにしても消費者たちの多くは「無用」とされた中間業者に勤めていて、また、大手のスーパーなどにつぶされていった地域の会社や商店に勤めていたのだ。


   ある程度値が張っても、その中に多くの人々の給料が含まれ、生活の糧になっている。ビンボウ人を地で行く散歩人にとって、時にヒャッキンは生活必需の場である。しかし、できるだけ、利用しない。それで食べている人の数を考えるのだ。安かろう悪かろう、に安心するのは、多くの人の生活を支えてくれる「本物」を大事にしたいからだろう。


インテリア・寝具・収納

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