2005年09月30日号

聞くは一時の…


月極駐車場の「月極」を20代初めまで“げっきょく”と読んでいた。何で“決”じゃないのかといつも不思議で、ちょっと調べてみたら「月極め=月額を定めて契約すること」などと国語辞典には載っているし、漢和辞典には、日本語だけの使い方として「きめ、約束」などの意味があると出ている。つまり、日本だけの「月極め」。


   同僚の編集者が、「天城越え」という歌謡曲を、“てんじょうごえ”と読んで大笑いになったことがある。この人も演歌の好きな人だったらこんな間違いはなかったろうし、かまえて「伊豆の踊り子」を読む時はちゃんと「あまぎ」と読んでいたろうと思う。突然出てきて面食らったのだ。多分…


   ことわざでもそうした思い込みや勘違いが多いそうで、結局は自分の為になるんだよという「情けは人の為ならず」が有名だが、散歩人はつい数日前まで「人間到るところ青山あり」をぜんぜん違う意味だと思っていた。“青山”を文字通り青い山=美しく、希望に満ちた山、と勝手に思い込み、「人間はどこへ行っても行く先々に希望があるものだ。道が開けるものだ」と思い込んでいたのが、実は青山は「骨を埋める所。墳墓の地」の意味で、とんでもない間違い。ことわざの本当の意味は、目先の幸せなど追いかけず「どこの山野にでも朽ち果てる覚悟を持って生きよ」…青年よ大志を抱け的なもので、それだけに幕末の志士たちの合言葉にもなったというのである


   思いっきりいい加減な勘違いに赤面したが、考えてみれば、いつも勘違い、間違いだらけの恥かき人生だった。このくらいはかわいいもの。そう一人慰めるのである。父親がよく言っていた。「聞くは一時(いっとき)の恥。聞かぬは一生の恥」。これは多分死ぬまで…。

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