2005年09月02日号

平松愛理さん


私には8歳になる娘がおります。名前をハイネといいます。「初一音」と書きます。初めての一つの音。「産声を元気に上げてこの世に生まれてきてね」という祈りです――昨年7月に開催された北海道青少年育成協会「少子化社会を考える道民のつどい」でシンガーソングライターの平松愛理(えり)さんが講演した。デビュー直後から重度の子宮内膜症に苦しみ、その激痛と闘う日々を重ねながら、平松さんは奇跡的に長女を授かった


   母子ともに生きる確率が4分の1という中で生まれてきました。娘が生まれた。私も生きている。本当にうれしい瞬間でした。妊娠7ヵ月になった頃から前置胎盤という病気になってしまいました。7回、8回母子ともに生死を行き来しました――出産は大量の出血を伴う大手術。平松さんはハピーバースディを懸命に歌いながら出産する。そして後日、病院が記録用に撮ったVTR…


   歌い始めたら、(生まれたばかりの)娘がぴたっと泣きやんで、首をくくっと伸ばして、耳をすまして聞いているんです。感動しました。生まれた瞬間から赤ちゃんは母親の声を覚えている――病気は出産後さらに悪化し、子宮を摘出。そしてその半年後に、今度はなぜかガンになってしまう。2001年12月、乳ガンの手術。


   すごく痛いのです。(心も体もつらい状態。思わず娘の前で泣いてしまう。6歳だった初一音ちゃんは…)大粒の涙をボロボロ流しながら「初一音はね、ママの痛いがどんなに痛いかがわからないのー」。この一言に私はまいりました。ママの痛みがわからないということをつらく思ってくれている小さな小さな心。ただただ、抱きしめました――平松さんは今、作曲、講演、エッセー、ラジオ、テレビにと活躍中だ。


ブルーレイ レコーダー

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