2005年11月18日号

日本語はどこから~語源の旅


散歩人が生まれた秋田の山奥では、お化けのことを「もんこ」と言った。幽霊、亡者、そんな恐ろしいものを指す方言で、幼い頃、泣いたりした時などは、「ホレ、もんこ来るど」などとおどかされて、泣きやんだものだった


   中学の社会科で鎌倉時代の元寇(げんこう=蒙古襲来)を習った時、「あ、もんこは蒙古のことだ」と思い当たった。一人勝手な語源解釈で、本当のところはわからないが、蒙古への恐怖が、昔々の東北の果てまで伝わって、お化けを意味する言葉になったのだと新発見した気持ちになって、妙に感動していた


   日本語研究の第一人者で大野晋=おおのすすむ=さん(学習院大学名誉教授)という大学者がいる。日本語はどこから来たかを追求し続け、インド南部のタミル語が同じ系統であるという結論にたどり着く。ほぼ同じ音で「こめ」や「栗」、「田んぼ」「旗」「畑」「姉」ほか、500語も意味が共通する。インドの辛いカリーの発祥はタミルの「Kari」とされるが、その元々の意味は「辛い」なのだという面白い話もある。発音的に対応する言葉が多数見つかり、五七五七七の形式の歌まで、日本の和歌と同じだ。タミル地方では小正月に古いサリーなど持ち寄って日本のどんど焼きのように野外で焼き、バナナの木を切って門に立て、マンゴウの葉を差したしめ縄のようなものをつるす。古代タミルの埋葬にはかめ棺が使われた。生活文化でも共通点が多いというのだ。


   学界には賛否両論がある。しかし、大野先生は、縄文末期にタミルの人々が、稲作・金属器・機織の文明と言葉とともに海路で日本にたどり着いた、そしてそれが日本の生活の基礎になった――という広大な学説を展開する。語源の旅はとっても面白いのだ

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