2006年02月17日号

年寄りの出る幕


古代エジプトの遺跡に「今時の若い者は…」という小言が刻まれていた話は有名だ。年を重ねると、つい小言が増えるのも、若い者にすればうるさいの一言なのも、古今東西、同じなのだろうが、最近はちょっと様子が変わってきた。年寄りがどうも物分りがいいのだ。若者に妙に遠慮する風が見られて気にかかる。

   知恵と経験を積み重ねた年寄りは、多分何万年も、一家の実質的な長の座にあった。ところが住まいも家計も核家族化してしまった現在は、形ばかりの尊敬は与えられても、仕事にしても、家事育児に関しても、小言はひとり言で終わってしまう。かくて、年寄りはある意味でのひきこもり状態になる。


   ちょっと気になる声を聞いた。「経験したものを若い人に伝えたくともできない」と言うのだ。その大きな障害になっているのがコンピューターであり、デジタル化による世の中の大きな様変わりだという。年寄りの経験と知恵は、さらにその上の年寄りから叩き込まれて身体で覚えこんだものだ。今の世は、指先で大半のものが進んでしまう。マニュアル(説明書)で覚える知識と技術で、かなり重要な部分までまかなえてしまうから、表面的な理解にとどまってしまいがちになる。身体で覚えないと本物にならないと思っても、机の機械の画面で何をやっているかもわからないし、わからないから指導もできない。遠慮してしまうのだ。仕組みの根本や大切な理念、危機管理の方法、細々(こまごま)とした勘どころなどが、伝えたくとも伝わらない。


   年寄りの小言は、後の世を担う後進に向ける精神と知恵と技術の手渡しだ。今それがさまざまなところで断絶の危機にある。今の世の中、本当は「年寄りの出る幕」なのだと、そう思う。


SMAP CD

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