2006年10月20日号

禿頭


散歩人のオツムリから髪の毛が逃亡し始めたのは、27、28歳の頃だった。それまでは、黒々とした髪がちゃんと貼り付いていたが、髪の毛が抜け始め、床屋さんに行くたびに、毛生え薬のおすすめ攻勢にあい、それが嫌で、32歳のある日、「坊主にしてくれ」のひと言で、散歩人の頭上は一気に整理されたのだった。それからの話は早い。太陽光線が直に頭皮に降り注ぐようになって、頭上は容赦なく荒地になっていく。頭部中央にはほとんど毛髪らしいものが見当たらなくなって、禿頭(とくとう)、もしくは光頭として「見事ですねぇ」と、“賞賛”される立場になった。

   今から十数年前、若いうちから光頭をさらす人は少なく、皆かつらを着けるかスダレ髪で隠すか涙ぐましい努力をしていた。かつらに執着する知人に「女の子と仲良くなって、後でばれたらもっとツライっしょ」などと強がりを言ったものである。一気に光頭派が台頭したのは、歌手の松山千春さんの影響が大きい。そのうち、禿(は)げ頭は「スキンヘッド」なる横文字に出世したのだが、散歩人は爺さん型光頭であるから、顔の造作の不具合とあいまって、女性にはあまりもてない。

   いわば毛髪不足症であってのマイナスは、冬に寒いこと、そして一番恐いのは、低いコンクリート天井などに擦(す)ると悲惨な傷がつくことだ。髪の毛はかほどに重要なのだと、そんな時には禿頭の血筋が少し恨めしくなることもある。ただ、毛がないおかげで、見栄を張らずに生の自分をさらして、いい意味で開き直って生きることができた気がする。自分の頭は朝、鏡を見る時にしか見えない。普段は毛がないことを忘れている。どってこともないのだ。それに、シャンプー代と、理髪代はずいぶん節約になった。顔を洗う延長でそのまま“洗頭”ができるのも、実に楽である。

   毛がなく、人に申し訳なく思ったことが2度だけある。一度は小学校に上がった頃の娘に対して「禿げ頭と言われているだろうな」と、少し気になった。もう一度は、以前の事務所の上の階に「髪黒々の○○○○○」というかつらのメーカーがあって、エレベーターでそのお客と乗り合わせると、散歩人の頭を見てみな目を伏せてしまうのに、何だか申し訳なかった。やがてそのかつらメーカーはビルから出ていった。

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