2006年12月08日号

コタツムリ


「寒くなったねぇ。コタツが恋しい季節だねぇ」。そんな話題が出た時、スタッフの1人が「コタツムリになっちゃうねぇ」。あ、なるほど、上手いねぇ。カタツムリのようにコタツを背負ってぬくぬくと…。まあ、いいや、もう少し、もう少しと、なまけもの化する道だけれども、やめられない。そうなるのが目に見えているからと、散歩人の家では、最高権力者(お母ちゃんである)のキツ~いお達しで、コタツ厳禁…。というわりには、ストーブの前に横たわる、トドのようなのが生息しているけれど…。


   テレビ・コタツ・ミカンを日本の冬の三点セットという人もいる。コタツ(炬燵)が一般に普及し始めたのは江戸時代からといわれるが、それは庶民のことで、質実剛健を旨(むね)とする武士の家庭でコタツなどはもってのほか、だったそうだ。どちらかといえば東北以西の道具。北海道では昔使ったという人にはあまりめぐり合わない。


   散歩の道をちょっとそれてしまうが、この何年か“ナンチャッテ教師”という言葉を耳にするようになった。生徒を叱ると予想外のヒステリックな反応…極度に落ち込んでしまったり、異常な反発行動をとったり…が出るため、厳しく叱れなくなって、後ろに「ナーンチャッテ」と付けて、冗談めかしてしまうという先生がいるという話だ。叱られても、一歩下がって神妙にそれを受け止めることができない空っぽのプライド。逆に悪者になるのが恐くて、人に指摘できない無責任さ。かくて、子供を叱れない親や先生が出現する。


   その場さえしのげればいいという、表面だけの仲よしこよし、欺瞞の平和主義。この「無責任」を核にする“ぬる~い関係”を醸成しているのは、おそらく必死にならなくとも生きられるコタツのようにぬくぬくした時代なのだろう。コタツムリになってしまったら、後が恐いと思うのだが…。

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