2007年03月16日号

からっぽやみ


小さい頃、「この、からっぽやみ!」といつも怒られていた。秋田弁で怠け者のことをこう言うのだが、生来、だらだらぐずぐずの怠け者なのだろう、自分のそんな姿に気づいては落ち込んでしまうことが時折ある。戸棚の壊れた戸も、修理を頼まれてから半年も外れたままだし、そんなことが山積みになっているから、家人も「頼んでも無駄だわね」とあきらめ顔だ。


   先日、スーパーの駐車場に入った時に、店の出入り口近くに空きを探して行ったり来たりしている自分に、なぜか突然気がついてちょっと滅入ってしまった。多少離れた空きスペースにとめても何百メートルもあるわけではないのだから、何の事はない、30秒、1分…ちょっと歩けばすむ距離なのだ。体のことを考えるのなら少しでも歩くことは気持ちいいことのはずである。それがどこに行くにも、1歩でも2歩でも近いところに置こうと、今まで躍起になっていたのだ。


   相田みつをという詩人に、「ともかく/具体的に動いてごらん/具体的に動けば/具体的な答えが出るから」という言葉がある。本当にそうだという実感があって、いつも口の中に唱えている。実は、仕事上でもあれやこれやと頭の中でばかり悩んでいることが結構多い。気後れして…というより、結局は身を厭(いと)ってぐずぐず怠けているのだが、そんな時は思い切って動いてみると、案外いい結果が出る。だから、まず腰を上げるにこした事はないと思っている。人に会うにも、声をかけるにも、思い切った方がいい。苦手だと思っていた人と意気投合したり、思わぬ人に助けられたり…。


   散歩人のような怠け者には、こうして時々の反省が必要なのが、恥ずかしながらの実態である。数年前、洋式トイレやソファーなどの楽な生活を長く続けていると、足腰が弱って、年を取ってから苦しむことになるというニュースがあった。古来からの和式の生活では、トイレのしゃがみや床からの立ち座り、ふとんのあげ下げなど、何気ない普段の立ち振る舞いが実は貴重な運動になっていて、長い年月の中で大きな差が出てしまうという専門家の報告だ。どうも老後は、「からっぽやみ」の大きなツケが回って来て、悲惨なものになりそうなのである。

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