2007年05月11日号

子供たちの言葉


子供のひと言に瞠目(どうもく)してしまうことが時としてある。大人に比較すれば本当に少ないけれど、覚えた言葉を使って必死に思いを伝えようとする時、きっと大切な真実がその言葉に凝縮されて、なお、あふれ出るのだろう。


   病気を乗り越えて活躍しているシンガーソングライターの平松愛理(えり)さんは、デビュー直後から重度の子宮内膜症に苦しみ、その激痛と闘う日々を重ねながら、母子ともに生きる確率が4分の1という難産の末、奇跡的に長女を授かった。その時の子が一粒種の「初一音(ハイネ)」さん。病気は出産後さらに悪化し、子宮を摘出。さらにその半年後に、今度はガンになってしまう。2001年12月、乳ガンの手術。激痛と精神的な消耗に思わず娘の前で泣いてしまう


   その時、6歳だった初一音ちゃんは大粒の涙をボロボロ流しながら、「初一音はね、ママの痛いがどんなに痛いかがわからないのー」……「この一言に私はまいりました。ママの痛みがわからないということをつらく思ってくれている小さな小さな心。ただただ、抱きしめました」。北海道青少年育成協会主催の「少子化社会を考える道民のつどい」(2004年7月)で、平松愛理さんは万感の思いを込めてこんな話を紹介した。初一音さんの純粋な叫びは、百万語を使いこなすより、母親を思うあふれ出る心をまっすぐに伝えているように思う。散歩人にとって、おそらく一生忘れられない言葉になっている。


   もう一つ。エイズ遺児支援のためにウガンダで小学校のボランティア教師として活動して帰国した札幌大4年生の米沢勇輝さん(22歳)が、北海道新聞のコラム「ひと」欄(4月19日付朝刊)で忘れられないと紹介した言葉。学費が払えず退学を求められ、学校に残りたいと訴えていた少年に、なぜ勉強したいのか尋ねた時の少年の一言が…「Study is my future」(勉強は僕の未来だ)。


   子供たちの純粋な心は、そのまま宝石のようにきらめく透明な言葉をつむぎ出す。大人になって年を重ねる中で、その言葉たちのいくつに気がつけただろうか。まっすぐに受け止めることができたろうか。あまり自信が無い。

トラックバックURL:

« 人間に狂犬病ワクチン…!? | TOP | 細胞から病気を治す医薬品の話No.154 »