2007年05月25日号

ひとみを開く薬は毒薬?


眼科では、いろいろな検査の時に散瞳、すなわち瞳を開いて検査をします。たとえば糖尿病網膜症、網膜剥離、加齢黄斑変性など全ての眼底疾患について細部を観察するには散瞳用の点眼剤なしには行えません。緑内障でも視神経繊維がどの程度障害を受けているかを知るには、これらの薬剤を使って視神経の詳細な検査が必須です。更に付け加えるなら、ぶどう膜炎などの治療にも散瞳剤を点眼します。そして、忘れていけないのは子供の近視や遠視などの屈折異常に対して、その度数を正確に測定するために、散瞳作用のある調節麻痺剤を使います。


   このように眼科では散瞳剤とは切っても切れない縁があります。その散瞳剤の一つにアトロピンという薬がありますが、歴史的には逸話の多い曰くありげな薬なのです。


   アトロピンは、学名アトロパ・ベラドンナというナス科の植物ベラドンナの根から抽出される薬物です。アトロパという名前は、ギリシャ神話の3女神の一人、運命を断ち切る女神アトロポスを指します。また、ベラドンナはイタリア語では「美しい貴婦人」という意味です。このベラドンナの果汁を薄めて瞳に垂らすと瞳が大きくなり、目がパッチリして美しくなることから、昔のヨーロッパ(特にイタリア)では美人願望の女性がこの薬を使ったとか。問題は副作用です。大量に取りすぎると体温上昇、運動失調、幻覚や精神錯乱を引き起こし、呼吸麻痺から死に至るのです。昔はこの副作用を悪用し毒薬として使っていたそうです。


   代表的事件にアレクサンドロス大王毒殺未遂事件(澤田祐介著/面白医話)があります。大王がインドに攻め入ったとき、美しい乙女が貢ぎ物として差し出されましたが、この娘は長年にわたって毒を摂取し身体自体が毒として改造されており、この娘と接触するとその人間の命を奪うようになっていたそうです。大王はその師であるアリストテレスからの言いつけを守ったため、この難から辛くも免れたそうです。


   アトロピンは毒薬としてだけではなく、サリン事件では解毒薬として使われました。

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