2007年07月13日号

大人になるということ


俗に親離れというけれど、散歩人が父親を一個の人間として初めて認識したのは、中学3年の秋だったと思う。もう日も落ちた山の田んぼに親子2人、刈取った稲を自然乾燥するのための「ほにょ」掛けという作業をしていたのだが、何の話をしていたのは忘れてしまったけれども、ふと見上げたら、月に照らされて父の目に涙が光っている。不思議なもので、その時に「ああ、父さんも生身の人間だ」、そうはっきりと感じた。


   母親の時は、高校1年の参観日だった。野良着は見慣れているが、その日、母は着物で学校に来た。その姿が本当にきれいで、なぜか唐突に「母には女としての人生もある…」と、これも妙にストンと納得してしまった。


   理屈も何もない。そう思ってしまったのである。それから、父の苦しさ、母の悲しみ、人が生きて行くということにまつわるどうしようもない弱さもろさの「いろいろ」も、許せるようになった気がする。


   だから、大人になるということは、自分中心の世界から離れて、親も含めて人の生き方や苦しみや立場を、理屈じゃなくて生身で受け止められるようになるということではないか…などと、思っている。

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