2007年07月20日号

美意識


樺太が島であることを発見した江戸後期の探検家間宮林蔵は、職務的には幕府の隠密だったのだそうだ。そのためか、一生妻を持たなかったというのが通説だったが、実は、「北海道」の命名者としても知られる松浦武四郎(幕末の探検家)の著作には、間宮林蔵がアイヌ民族の娘を妻に願って、一女をもうけたことが書かれている。


   松浦武四郎研究会の秋葉實さんの研究では、林蔵の子孫は大きく広がり、例えば彫刻家・砂沢ビッキさん(故人)などもその系譜につながるのだそうだ(同研究会誌「間宮林蔵の妻子のナゾを追って」)。ただ、近年までこのことは身内や近隣の人以外には話されなかった。《身内のことは人に誇らない・話さないというアイノプリ(不文律・約束事)に反する》ためだという。身内や近隣でひそやかに伝えられてきた。


   4月だったか、教育テレビの番組で、昔、中国でも日本でも漢字に対する拒否反応があったというような解説があった。特に日本では、漢字が入ってから500年以上も使わなかったという(加藤徹明治大助教授)。「死ぬ」というような不吉な言葉を口に出すと現実になるという「言霊(ことだま)信仰」が強く、言葉に出して言い立てることを避ける日本人の祖先たちの、やはりアイノプリ=不文律があったようなのだ。


   文字というものを知らないというよりは、拒否した文化。ことさらに自分をひけらかすことのない「つつしみぶかさ」「おくゆかしさ」という美意識にも通じるような気がする。

トラックバックURL:

« 細胞から病気を治す医薬品の話No.158 | TOP | No.81 »