2007年09月14日号

「想像力」の欠如


相変わらず次々と、年金問題が噴出している。年金の掛け金を使い放題に浪費し、一方で、無責任でずさんな仕事を続け、払われた掛け金の記録を消失しただけにとどまらず、掛け金や給付金を盗むという破廉恥極まりない犯罪も社会保険庁のみならず、全国の市区町村で横行していたという。こうした役人の多くが恵まれた環境の中で高い給料をもらい、高額の退職金を受け取り、さらに特別に優遇された年金(共済年金)を受けて、汲々と生きる庶民とは対照的な生活を、のうのうと送ってきた。


   許せないのは、そこに「国民(市区町村民)に奉仕する」という公務員の基本的な責務の姿勢がまったくないことだ。年金の記録がずさんになれば、老後の生活に困る人が出る、掛け金を着服すれば、その年金を受け取れなくなった人は生きていけないかもしれない……自分の行いが陥(おとしい)れる人々の苦悩。そんな、当たり前の結果を思いやる「想像力」すら持ち合わせない公務員に、我々は行政をゆだね、命を預けているのではないか。


   もしかしたら、政治家もそうなのかもしれないという不安がある。制限や制度が厳しくなって苦しむ介護の現場も、障害者の生活苦も、大規模経営優遇の裏で暮らしていけなくなってきた中小農家の現実も、医療・介護費や税金の上昇で生活が追い詰められる老人家庭の悲哀も、地方経済の崩壊で生活基盤を失う地方の人々の悲惨も、郵便局がなくなって苦渋する地域のことも、テレビの中では理屈をこねて深刻ぶるけれども、口先だけで動こうとしない。年金を盗んだ役人たちと、「想像力」の欠如という点ではまったく同じように見える。


   自分に都合良く制度と金をお手盛りし、国民の「血税」を自分たちの金のように使って、財布に入れる腐敗の構造。実は、よくよく見れば、それは人々の血肉をすする恐ろしい光景…・・。年金問題がこの国の行政や政治の氷山の一角でないことを祈るばかりだ。

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