2007年09月28日号

親子の情景


週に2回ほど、近くの温泉につかるのが、散歩人の無上の楽しみになっている。9時半くらいに行って、30分ほど露天につかる。仕舞い風呂だから人も少なく、気ままに手足を伸ばせるのが気に入って、習慣づいてしまった。澄んだ月がかかって、虫が鳴く中で入るこの季節の露天風呂には、何ともいえない風情がある。


   数年前のちょうどこの頃、月を見上げながら暗がりの湯につかっていると、湯気の向こうに、まだ若い男性と、その親と思われる老年の男性2人が身体を寄せるように入っていて、親が子に、途切れなく何かを語りかけている。若い男性は、語りかけにいちいちコクンと頷(うなず)く仕草を見せる。静かに静かに語りかけている。ただ前を向いたままコクンコクンと頷く。その光景に少し異様な印象はありながらも、物静かな奥床しいたたずまいには、ある種の神々しさすら感じた。


   子は心身ともに少し病弱のようだった。洗い場でも父は静かに語りかけながら身体を洗ってやっている。なされるままに、子はコクンコクンと頷いている。病弱の子をいたわる親の必死の思い。親の心を受け止めようと頷き続ける子の思い。その絆(きずな)が見えるようで、思わず目頭が熱くなって、今でも時々その感動がよみがえる。


   宿命の中で寄り添って月の下の湯につかる親子の姿は、決して不幸には見えなかった。あれからあの親子にはいまだにめぐり会わない。

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