2007年10月26日号

“大人の時代”…?


いろいろ異論はありましょうけれど…。


   例えば、“朝青龍問題”。引退後は世界行脚の旅に出ているサッカーの中田英寿氏が、子供たちを招待するモンゴル政府のチャリティサッカーに参加した時に、腰の骨折と腕のケガで帰国していた朝青龍が子供たちを喜ばせようと飛び入り参加した映像に、サッカーをするとは何事だ、仮病を使ったのかと、“朝青龍叩き”はエスカレート。一方で、在日モンゴル大使館は「子供との触れ合いを実現させたくて、半ば強引に参加してもらった」と相撲協会などに謝罪文を出し、朝青龍を診断した医師は、「疲労骨折は事実だが、サッカーはできる状態。むしろ重症なのはヒジ」(10月11日、毎日新聞など)と語っているという。中田英寿氏は自身のホームページに、朝青龍自身から腕をかなり痛めていると聞いたが、食事の皿を取る時さえ痛がっていたと書き、(両政府からの要請があり)日本とモンゴル両国のためにも子供たちのためにも、良かれと思ってやったことだったらどうだろうかと、日本国内の反応に疑問を寄せ、頑張れ!朝青龍…とエールを送っている。もしかすると無理を押しての善意の行動だったかも知れないその側面を、まともに検証しようとしない日本のマスコミを中心とした、ヒステリー反応と底の浅さに、むしろうすら寒いものを感じてしまう。


   で、例えば、リンチによる新人力士の死亡が疑われている“時津風部屋問題”。この件自体はずいぶん異常なことだと思うのだけれど、相撲には本来、叩かれて鍛えられる「心技体」の強さが育って、それが人々の尊敬を集めた。単なる“暴力否定”では囲えないところに成り立っているのは、職人の修行も、散歩人が仕事をたたき込まれた経験も根本的にはそう変わらない気がする。その視点を持つ人々が、モノを言えないような空気が気にかかる。


   さまざまな価値観が認められる“大人の時代”のはずなのに、何だか底の浅いところで付和雷同する大騒ぎを繰り返している。世の中全体の精神が異常を来たして、迷走しているような不安…。ここはひとつ、一つ一つ冷静に見渡して歩いてみようと思っている。

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