2007年11月16日号

No.86


特急おおぞらは定刻に釧路に着いた。釧路は私の故郷…駅前の北大通りはシャッターを下したままの店が多く淋しい。母が世話になっているグループホームに向かう。昔は地獄坂・出世坂とも呼ばれた坂を上がり、畑を背にしたグループホームが見えて来た。ホールでは入居者が風船バレーに興じていた。母の姿を探したが、案の定その中に母はいない。部屋を覗いてみたら鏡台の前に座り頭に花の飾りをつけお化粧をしている所だった。「お母さん!」母は目を丸くして「よく来たね」と何度も繰り返す。童女のように喜びが溢れていた。


   母は87歳、お洒落が大好き。ワイン色のセーターに黒いスカート、安物の首飾りを何連も下げている。「みんな風船バレーをしているよ、仲間に入らないの?」「嫌!嫌!」と強く首を振る。久しぶりの再会だ―腰を据えて聞きますよ―気合いを入れて母と向き合った。さあ、始まった。水道の蛇口を開いたかのように、孫達の安否確認が始まった。二ヶ月ぶりの親孝行、私は優しく何度でも同じ事を繰り返す。「麻美ちゃんに赤ちゃんが産れたの!」「それであの子、麻美ちゃんはどうしたの?」「いいお母さんになったよ」「ホー!男の子?女の子?」“さっき言ったでしょ!?”の言葉は絶対言わない。「男の子だよ」と同じ会話を繰り返す事ができる。だって、大切な2泊3日の親孝行だから…。


   夜、ホテルのレストランで食事をした。お酒好きの母が「ビール」と自ら注文する。「大丈夫?」「大丈夫!お金はお母さんが払うからね」「ありがとう」と私。ハンドバッグを下げてはいるがお金は入っていない。


   別れの日は辛い。ホームの玄関を出て、母の居室を見上げたら、窓から身を乗り出した母が「修子!」と半ベそで手を振っていた。―お母さん、私を忘れる日が来てもいいよ。だから生きていて。お願いします―。


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