2007年11月23日号

童謡


父親が逝って10数年になる。肺がんで死んだのだが、末期の病床では、よく童謡を口ずさんでいたと、母が後で教えてくれた。時に涙を浮かべながら歌ったという。貧しさから中学校への進学をあきらめ、戦地で死線をくぐり、復員して片田舎の百姓人生を生きた苦難を推し量れば、おそらく人生の中でもっとも幸福なときであるはずの幼い頃の歌の数々は、先の短い命を慰めるかけがえのないものだったのかと思う。


   父が生まれた大正という時代の8年くらいから15年までに、今に歌われる童謡が次から次へと生まれ出た。北原白秋は「赤い鳥小鳥」「あわて床屋」「ゆりかごの歌」「砂山(海は荒海…)」「ペチカ」「待ちぼうけ」「アメフリ(あめあめふれふれ母さんが…)」――などの詩を作った。野口雨情という詩人は「十五夜お月さん」「七つの子」「赤い靴」「青い眼の人形」「黄金虫(こがね虫は金持ちだ…)」「しゃぼん玉」「雨降りお月さん」――などを世に送った。「くつが鳴る(おてて、つないで…)」「「背くらべ(はしらの傷は…)」」「浜千鳥」「月の砂漠」「おもちゃのマーチ」「春よ来い」「肩たたき」「花嫁人形(きんらんどんすの…)」「てるてる坊主」「赤とんぼ」「どんぐりころころ」「夕日(ぎんぎんぎらぎら…)」――などができたのもこの頃だ。


   ひとくちに「童謡」と呼ばれている歌には、このほかに古来から子供たちに伝承されてきた「わらべ歌」と、明治時代から文部省で作られた「唱歌」があるという。「鳩(ぽっぽっぽ…)」や「桃太郎(ももたろさん、ももたろさん…)」「春が来た」「もみじ(あきのゆうひに…)」などは文部省唱歌で、前にあげた大正時代の歌は「創作童謡」と呼ばれている。それで、お年寄りには「唱歌」という言い方をする人も多い。


   子供の頃に習い覚えた歌というのは、どうしようもなく懐かしくて愛しい。父母の胸の中で無邪気に過ごせた幼い“あの頃”、真綿にくるまれたようなあたたかさに、心が帰りたがる…。父の気持ちが少しわかる年になってきた。


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