2007年12月14日号

サンタの秘密


おそらく2~3歳頃までは裸火で柴をたく囲炉裏(いろり)の生活だったろう。散歩人が生まれ育った秋田の山奥の家は、薪(まき)が燃え、茅葺(かやぶき)裏に煙が立ち上る大きな囲炉裏で、電気もなかったから、夜、ゆらめく火に浮かぶ家族の情景が、かすかな記憶に残っている…。戦後10数年。漫画や映画で人気の「3丁目の夕日」の頃の昭和30年代の初めでも、華やかに開かれて行く町場とはかけ離れた生活だった。


   そんな田舎でも、クリスマスの朝には、枕元にそっと、菓子を詰めた赤と銀ラメの紙製のブーツとおもちゃが置かれていた。幼な心に、煙突がないのにサンタはどうやって来たんだろうと思った。やがて、囲炉裏にダルマの薪ストーブが据えられるようになって、今度は、こんな細い煙突にどうやって入って来るのだろうという謎が生まれた。サンタが暖炉の大きな石組みの煙突を伝って降りる絵を見て、それを信じていたのである。


   貧しい百姓家。何里もある“遠い町まで行って来たサンタクロース”からの贈り物に、幼子は無邪気にはしゃいでいただろうけれど、まわりの大人たちはその様子を知らないふりをして静かに見守っているだけだった。村の大人たちにしても、「お、えがったなぁ」と声はかけても、無粋なことを言う者は一人としていなかった。今思えば、片田舎の、しかも古来の神仏を祭る家々で、大人たちは戦後10年やそこらで異教の風習を日常的な文化としてすんなり取り入れていたわけだ。たいしたこだわりもなく、気難しいことも言わないで新しい風習を受け入れたのは、宗教に対する無節操からではない、ただただ子供たちのうれしい姿を無上の喜びにしていたのだろう。それは、世の大人たち共有の、ちょっとした内緒事として、今も行われている。何という素晴らしいことだろうと思う。


   子供たちの夢を壊してはいけないと、静かに守られてきた“サンタの秘密”。おおらかな節度とやさしさに満ちた日本の人々。その慈(いつく)しみの心だけはとこしえに伝わって欲しいと、最近の世情を見るにつけては切実に思う。もうすぐクリスマス……。


ジャムウ ソープ

トラックバックURL:

« サイレントキラーから目を守れ | TOP | 細胞から病気を治す医薬品の話No.168 »

[PR]SEO対策済みテンプレート