2008年02月15日号

春の思い出


立春の数日前から日差しが少し強くなってきた気がする。大雪が降ったりしてはいても、この冬の積雪は全道的に少なめ。日の光は春めいて、ネコヤナギの芽もふくらんできた。雪の下では雪どけ水がちょろちょろ音を出して流れ出し、ふきのとうが頭をもたげ始めた、そんな気配を感じさせる…もうすぐ、春。


   ミネコは小学校から中学校まで同じ学校に通った同級生で、散歩人と同じように、山の上の部落から数キロの道を学校に通って来ていた。40年以上前の秋田の片田舎のことである。今でいう知的障害(この言い方は、いつまでもなじめない…)を持つ子で、当時、町場の大きな学校では“特殊学級”(これも嫌な言葉だった)というのがあって、クラスが分けられていたのだが、それがない片田舎の学校では、小学校も中学校も同じように授業を受け、同じように遊んだ。少し意地のある性格だったのだろう、時に囃(はや)し立てられて同級生を泣いて追いかけることなんかもあったが、彼女だけが特別いじめにあっていたというような記憶はあまりない。同じように山の奥から通っているというぼんやりした親近感もあって、帰り道が一緒になると、途中の分かれ道まで遊びながら並んで歩いた


   ミネコを町の学校の特殊学級に入れるという話を聞いたのは、中学校に入る時だったと思う。先生だったか、親だったかにそんな話があると聞かされて、それはかわいそうだと訴えた記憶がある。「なぜ、(学級を)分けなければならないのか」、わからなかった。結局その話は立ち消えたようで、また中学校の3年間は一緒だった。卒業して彼女は東京のレンズ工場に就職した。

海辺の町の高校に通う汽車の中で、「○○。お前元気だったか」と突然声をかけられた。1年振りのミネコだった。休暇をもらい帰省しているのだと言った。向かい合わせの席に座った彼女は、「ちゃんと起きれてるか」「勉強してるか」と、先に社会人になった先輩意識も時折かいま見せながら、姉さん口調で説教じみたことを言う。おしゃれはしているが、マニキュアを塗った爪には黒く垢がたまっていた。それを見ながら、照れもあって、散歩人はただ「おお」「おお」と生返事を繰り返していた。社会人になったミネコの姿が無性にうれしくて、何かほっとした記憶が残っている。


   ちょうど今頃のことだった。春のにおいがし出すこの季節になると、不意にその記憶がよみがえったりする。ミネコは元気だろうか……。


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