2008年04月25日号

懐かしい花


「くりやま老舗まつり」というのがあって、小林酒造さんの蔵開きに行くのが、毎年欠かさない楽しみになっている。今年も、くりやま温泉「パラダイスヒルズ」というホテルに車を置いて出かけたのだが、ほろ酔い機嫌で帰ってきたホテルの前の川の土手に、何とも可憐な花の群落を見つけた。アズマイチゲ(東一華)という白い花。春の風にそよぐその花々を見た途端、野の中にポカンと立っている小さい頃の自分をまざまざと思い出した。あの野原にもこのアズマイチゲが広がっていて、その情景が好きだった。

azumaichige.jpg アズマイチゲの花… 夕方近くで花も閉じ 加減になっていた

   山奥の部落から山道を町場の学校に通っていた。小学1、2年生の頃は午前授業なのだが、遠いものだから母親は弁当を持たせてくれた。青葉若葉の季節になると、それを山道の上の方に広がる野原に上がって1人で食べる。そのひとときが何ともうれしかった。


   昭和の中頃で秋田の山奥の農家ではまだ牛馬を飼っていた時代だったから、毎朝暗いうちに起きて青草を刈る。山裾(すそ)はきれいに刈り取られて一面の野原が広がっている。昔の人は松の木を大切にして切らなかった。湧き水の泉も周辺の茂みとともに残した。姿のいい松と、泉の木立がこんもり点在する、そんな野原の丘が山の麓に広がる。春の風にヒューヒューと松風が鳴る野の中に、弁当を食べて、寝転んで…。とりとめのない妄想に耽(ふけ)ってみたり、デタラメ歌を歌ったり、ひとり芝居をしながら歩いたり…。たった1人の山道、野道の帰り道は、果てしなく気ままで自由だった。


   今にして思えば、あの小さい頃の真っ白の時間が、とてつもなく豊かな肥やしになってくれたような気がする。あのゆるやかな空白の時間は、子供だったから持てたのだろうか…。今の子供たちは持てているのだろうか…。散歩人にとってはあの頃が人生で一番幸福で、懐かしい。


上戸彩 CD

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