2008年05月16日号

母を思う


散歩人には、母親の胸に抱かれながら父親の背中を見て育ったという、そんな心象がある。命がけで子を生み、血肉を分ける母親の温みと匂いとその慈愛は昔も今もおそらく変わらない。


   ねんねこを着て母の背に負われている記憶がある。息もできない吹雪に母のオーバーにくるまれながらその足元にすがり付いて歩いた思い出も、今は甘く甦(よみがえ)る。サトウハチロウという詩人は「ちいさいちいさい人でした/ほんとに小さい母でした/それよりちいさいボクでした/おっぱいのんでるボクでした/かいぐりかいぐりとっとのめ/おつむてんてんいないいないバア」――と母への思慕を綴った。


   もう30年以上前にヒットしたさだまさしさんの「無縁坂」は、「噛みしめるような ささやかな僕の母の人生」と母を偲(しの)ぶ。同じ思いが胸を熱くする。やはりさださんの「秋桜(コスモス)」という名曲は、今でも女性が良く歌うのを聞く。今年、「母賛歌」(作詞・作曲・歌メティス)という歌がヒットしているという。母子家庭の子供が「私を生んでくれてありがとう」と歌う。


   心配をかけ続けながらも、いつの世も子は母を慕う。再びサトウハチロウの詩。「おかあさんはわたしを生んだの/それから/わたしをそだてたの/それから/わたしをたのしみにしてたの/それから/わたしのために泣いたの/それから/それからあとはいえないの」――。妻子に「永遠のマザコン」とからかわれても散歩人もまた遠い空の下の母を思う。


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