2008年06月06日号

誤解なんです…


読者Mさんからお便りをいただいた。「『まんまる』さん、いつも楽しく読ませてもらっています」。どうもありがとうございます。「今日は5月30日号の『散歩道』について意見を書きます」。緊張しますね…。「全体的に、女性への意識の遅れを感じますよ」。むむ、雲行きが怪しい…。「『きれいな女医さんだったが…無慈悲だった』『男である。人には…』云々の記述、とても不快です」。…ごめんなさい。「私も女。『何の因果か、またしても女医』に至っては、コノヤロー!と思いましたね」。あ、怒ってる。「上司が女なら絶対イヤ、というのと同じ印象です」。イヤ、そんなことはありませんよ。誤解ですよ…。「私61歳。戦後教育の恩恵を受けています。若い人の保守化現象かなあ?それとも70代の人?」。…50代です。すみません…


   とまあ、こんなお叱りを受けたのだが…。ちょっとばかり複雑な心境でもある。ひとつはいまだに文意をしっかり伝えることもできない自分の未熟な文章への苛立ち。ひとつは、やはり男性(優位)社会の“残り滓(かす)”が、自分の中にもまだまだとぐろを巻いているらしい、という不安。そして一方で、「何でも“女性蔑視”という見方に落とし込まれてしまったら、かなわんなあ」というため息…。


   違うのですよ。決して“女だからイヤ”なわけでも、女医さんだからとその技量を心配しているわけでもない。照れくさいんです。恥ずかしい姿をさらしたくない。「男である」からこその虚勢なんだと思いますが、もう、これは本能のようなどうしようもないもので…。胃カメラのんで涙を流している無様な姿は見られたくない!“女医さんの泌尿器科には死んだって行かんゾ!”的な空意地なのです。


   身体も違えば生理のありようも違う。心だって違う。子孫が栄えるように神様はそう作った。女性には温かいやわらかい母性があって、男には外敵から愛する者を守る厳しく荒々しい父性がある。だから、男女同権の上に、それぞれの役割の違いはやっぱりある。男と女が同じ事をすればいいって単純な問題でもないような気がしている。「女ですもの」の世界があれば、「男ですもの」の世界だってあるんですよ――。


   本音を言えば、女性のことはいつまでたってもわからない。女性の多くも「男はわからない」と嘆息しているのではないか。そこがまた、いいのかも知れない。わかってしまったら、興醒(ざ)めだ。歌にもある。♪男と女の間には~深くて暗い川がある~♪


マイケルジャクソン CD

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