2008年06月13日号

父の後ろ姿


散歩人の記憶に残っているのは、横顔か背中を向けた父親像だ。タバコが好きで、肺がんで死んだ。もうすぐ17回忌を迎える。


   酒乱で、酔っては母親に乱暴する情景は、子供には耐えられないほどつらかった。夜、突然ドタンバタンと激しい物音がすると「また始まった!」とばかりに心臓が縮み上がった。それでも、翌朝母親をバイクの後ろに乗せて出掛ける姿を見ると、昨晩とのあまりの変わりように不思議に思いながらも、心の底からほっとした。


   その父親は、家の大黒柱ではあったが、ある意味、母親に乱暴する“敵”でもあった。兄が歯向かって親父に殴りかかったことがある。散歩人も冬、酔った親父を隣村から背負って来て、家の前についた途端、雪の中に背負い投げを食らわした。親父は笑っていたが、それに何か寂しさを感じた。中学生の時だった。月明りの夜、刈り取った稲を干すのに杭(くい)に掛ける仕事を何かの話をしながら手伝っていた時、見上げた親父の顔に涙が月に光るのを見た。その一瞬、「親父も大変なのだなあ」と、何の抵抗もなくスッと“親父というもの”を得心した。男としてのその思い、つらさがわかったような気がしたのである。


   成績は良かったが、貧乏で中学校に進めなかった。徴兵され、通信兵として電気技術を身に付けて世に出ることに夢を繋いだ。しかし、戦は負け、長男の宿命でまた百姓に戻るしかなかった。その悔恨と鬱屈(うっくつ)は、自らの人生と生活に立ち向かう一方で心の底によどみ、時に親父の中で暴れた。酒乱も呼んだ。死ぬ間際、親父は母親に申し訳なかったと詫びて逝ったという。その後母親は「昨日の晩も父さんが来ていた」などと時々思い出したように言うようになった。それを救いにして、一人の男の人生は幕を閉じた。


   子供にとって父親は、時に敵にもなる、後ろ姿だけの存在なのかも知れない。それで十分なのだろうとも思う……。


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