2008年09月19日号

No.96


釧路の9月は名物の霧もなく快晴が続き気持ちのよい季節です。幣舞橋の上から浜風に吹かれて運河を眺めながら、別れたばかりの母の事を思いました。


   母をグループホームに迎えに行って、一日二人でホテルで過ごし、夕御飯を食べて送り届けた帰りです。別れ際、私の手を握って離さなかった母を思います。「明日もきっと来てちょうだい」指切りをして別れた母を思います。明日も、明日も、約束は守れます。でも、そのあとの「明日」が守れない…二泊三日で札幌に帰ってしまう薄情な娘を母は許してくれるでしょうか?


   滞在中、私は意識的に時間をズラして面会に行きました。ホームの中での母は、いつも独りぽっちでした。皆がホールで賑やかに風船バレーをしているのに、母はポツンとベッドに腰かけていました。「仲間に入らないの?」すると、嫌!嫌!と首を振ります。


   私がホーム長だったらどうする?自分に問いかけて見ました。一ユニット九人、まず80数年生きて来た人生が違います。ホームの生活に順応できる人、プライドの高い人、偏屈、出不精、遊び知らずの人…。母は社交的な人でした。ダンス、ボーリング、車の運転、カラオケ…。娘の私は母に似ていません。私こそ引きこもりになる要素を持っているタイプかもしれません。


   職員の中に一人でも、親身に相手をしてくれる人がいれば救われる。あたたかい味方がいれば救われるのです。なんでグループホーム、イコール、風船バレーなの?


   母の親が祖母、その又親がひいおばあちゃんで、私の命は沢山の命でつながって行きます。親は自分を犠牲にして子供を守ってくれます。子供は尊い血を受け継いで愛を与える人にならなければならないのです。


   そうです。今度は私がお母さんを守る番ですね。お母さん、また逢いに行きます。


B’z CD

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