2008年10月17日号

失禁と良寛さん?


自分の意思によらず、排尿や排便をしてしまう状態を失禁と言う。口から食物や飲水を摂取して生命活動を営み、その残りカスを尿や便として排泄する。その過程にトラブルが生じると失禁が出現する。高齢者では、行動がのろく間に合わない、括約筋の締り具合が低下するなどの理由から失禁が徐々に増える。更に認知症では、トイレの場所が分からない、排泄感覚を認知できない、排泄方法が分からないなどから一層加速される。


   乳幼児期の失禁は当り前だが、学童期までに排泄習慣が身に付く。やがて高齢になって失禁に遭遇すると、驚きと困惑から焦り…プライドの損傷に至る。90歳になるAさん、3年前に風呂場で便失禁をしてしまった。それが大きなトラウマになり、現在も便や尿失禁を繰り返し、介護を拒否している。


   「この夜らの、いつか明けなむ。この夜らの、明けはなれなば、をみな来て、尿(はり)をあらはむ。こひまろび、明かしかねけり、ながきこの夜を」という良寛の『眠れぬ夜』と題した歌がある。五・七を繰り返し、五・七・七で終わる長歌形式の歌だ。老齢の病身で、夜間に失禁し、早く夜が明け下の世話をしてくれる女性の来訪を待ち焦がれて眠れないという歌である。良寛というと、托鉢の途中で毬つきなど子供たちと一緒に遊び呆ける僧形を思い浮かべ、思わず「良寛さん」と呼びたくなるが、この姿とは異質である。


   良寛は、戒律と修行の厳しい曹洞宗の僧侶だった。何が契機だったが分からないが、故郷で隠遁生活に入り、子供たちと遊び呆ける暮らしだったが、一方では漢詩や和歌、絵画にも一流の才能を発揮した。花鳥風月を愛でる風潮の中で、自己の失禁という苦痛に正面から向かい、それを自分の生活の一部として受け入れる姿が印象的だ。失禁という現実を受け入れることができずに現実からの逃避を続けるAさんとは対照的な姿…「さすが良寛さん!」と思った。


iPod Classic ケース

トラックバックURL:

« 秋の楽しみ | TOP | No.97 »

[PR]SEO対策済みテンプレート