2008年11月14日号

若さと、社会と…


神奈川県立神田高校の入学試験で、合格基準に達していた受験生22人が、茶髪や眉そりなど外観チェックで不合格にされていたことが問題になり、不適正な合否判定だと同校の校長が県の教育委員会に解任されたという。このことが報道されてから、県教委などには「校長は正しい。なぜやめさせるのか」など抗議の電話が殺到して、論議を呼んでいる。義務教育ではないから、相応の厳しさがあって当然ではないか、との意見が大半だが、外観で合否の判断をするのは“不適正”との意見もある。


   このニュースに触れて、う~ん、難しいものだなあ、と考え込んでしまった。この学校は以前、生徒の品行の乱れや非行で荒廃して、県下でも有名だったという。暴力とカツアゲの以前の状態に戻すのかと、このたびの県教委の処置に疑問を投げかける関係者もいる。先生方の心労と努力、学ぶ場としての学校の正常化を思えば“不適正”な合否判断は仕方がないとも言う。事実その後、ここ何年かはかなり正常化していたという。


   ただ、不安に思うこともある。今度はその揺り返しで規制が行き過ぎがちになるのが世の常なのだ。確かに高校は義務教育ではないから、相応の規範と、従えないならわざわざ学校へ行ってもらう必要はないという厳しさも求められる。学びたい者が行く場である以上、それを妨害する者を許さない厳しさなのだろうと思う。とはいえ、微に入り細にわたって監視され、束縛されるように行き過ぎることもありえる。


   若い頃、何かわからない衝動に戸惑ったことはないか。大人というものや、偉ぶった権威や、世間の常識に反抗したことはなかったか。思い出すのは数10年前。何かに反抗したりして、男もみんな長髪にして大人と対立した。学問の場を荒廃させた学園紛争が何年間も続いた。その頃の学生が、今、世の頂点にいる。程度の差こそあれ、若さとはそういうものなのだろうとも思う。大人にはそれを救い上げ導く義務もあるはずなのだ。妙に大人しい、ものわかりの良すぎる子供の行く末がかえって不気味だ…と最近の社会は教えている。


チュニック

トラックバックURL:

« 口三味線じゃない証拠 | TOP | 細胞から病気を治す医薬品の話No.191 »

[PR]SEO対策済みテンプレート