2009年03月20日号

No.102


清さん(母)に逢うのは3ヶ月振り。ホテルに着いて直ぐ施設に向かった。釧路には珍しい雪が降った日で、途中幣舞橋まで歩いて見ようと思ったのが間違いだった。北大通りのド真中で宙(そら)を見上げる姿で両足を上げて転んだ。「ナンデヤネン!?」でも人間の反射神経ってすごい、照れ笑いをしながら素早く立ち上がる事ができた。忘れていたのだ、釧路の雪質を…浜風にさらされた地面はアイスバン、氷なのだ。私の足は完全に札幌の人間になっていたのだった。


   母が世話になっている小規模多機能のホームは、地獄坂を登って10分程、海を遠く右に見て環境の良い所にある。母は珍しくホールにいた。誰かと仲よくしている訳ではないがとにかくホールにいた。これだけで十分嬉しくて、有難いと思った。


   母の部屋でお土産のお菓子を食べながら近況報告。でも会話が広がって行かない…そうです。母は忘れていました。孫の事もひ孫の事も…でもいい。今の私はそんな母も受け入れる事ができるようになった。


   施設のホールは賑やかだった。私の隣りに座ったおじいさんがカラオケをリクエストして、カラオケが始まった。次々と画面に流れて来る歌は尋常小学校で歌った唱歌ばかり。おじいさんは「これでなくてよ~」と文句を言いながらも、仕方なく歌っている。よせばいいのに、パウロ病院の中山修子の血が騒ぎ出し、おじいさんと一緒に唄った。春の小川、茶摘み、菜の花畑…と。すると周りの仲間の方達も歌い出しやがて大合唱となった。母は?と見ると、背中を丸めて画面をしっかり見つめている。そして小さな声でボソボソと唄い始めた。母の背をトントンと拍子を取って私も歌う。なんだかあったかい涙がジワーッと流れてきた。そう言えば滞在中、母は一度も名前を呼んでくれなかった。「お母さん、私、修子だよ」と言ったら「分ってるよ!」と叱られた。


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