2009年03月27日号

農の崩壊…杞憂か…


空が落ちてくるのではないだろうか…散歩人はこのところ、言い知れぬ不安に悩まされている――再び「植物工場」のことだ。


   レタスやミツバなど葉もの野菜を中心に、トマトやキュウリ、イチゴといった実ものなど、工場育ちの農作物が急速に進出している。コンピューター制御による水耕栽培が主体で、発光ダイオードなどの人工光照射や温度・湿度管理、無菌化、ロボット化によって、生産量は通常土壌栽培の10倍~20倍、それ以上にもなるといわれる。ビルの中で生産でき、地階化・高層化で生産面積は自在に拡大できる。この圧倒的な生産効率によって、米や小麦など穀物に拡大するのも時間の問題…。


   “農業の工業化”は世界で加速度的に進んでいる。食料自給率の低い日本が、指をくわえて見ている訳にはいかない。まして、人口減少がこのまま進めば、食糧生産は土壌農業の大型化か、あるいは工場生産化か、選択肢が狭まってくる背景もあって、国もその普及拡大に突き進んでいる。


   これは人類が農耕を始めて以来の大転換ではないか…。自然があって食料はその恵みだった。農民がいて漁民がいて初めて生きる糧を得ることができる…有史以来の社会基盤がいよいよ根底から崩壊する危険性をはらむ。


   「植物工場」を経営するのは、資本力のある大企業だ。“農”は個々に自立できなくなり、商・工のものになる。“農”の考え方はなくなり、“商・工”の論理で動く。多くの農民とそれに関係して生きる人々(社会)は…。先進国(大企業)に“農”を握られる発展途上国の人々(社会)は…。人類の、ある意味存亡に関わるさまざまな問題が、今、慎重な検証も長期的なシミュレーションもなされないままに、なし崩し的に進む恐ろしさ。


   昔、中国の杞(き)の国の男が、天が崩れ落ちてくるのではないかと心配し、夜も眠れずにいた。そんな取り越し苦労をすることを杞人の憂(うれ)い…杞憂(きゆう)というのだそうだ。世の中はどうなって行くのだろうか。“農の崩壊”が散歩人の杞憂に過ぎないことを、ただただ祈るばかりなのである…。


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