2009年05月22日号

森へ…


樹齢50年の杉1本の値段が伐(き)り出す前の山に生えた状態で1本500円にもならないと聞いてびっくりした。農学博士で、里山保全や奥山の環境修復などに大きな功績をあげる澁澤寿一さん(NPO法人樹木・環境ネットワーク協会理事長)が語っている「大根2本分くらいです。これでは木を守ろう、緑の地球を守ろうと声をあげても、危険な山腹にわけいって苦労してまで木を伐る人はいなくなるのは仕方ない話です(月刊本の窓「日本人と森林」/小学館)」。


   散歩人は杉の名産地で知られる秋田県北・米代川流域の、杉の林におおわれた山奥で生まれた。子供の頃、大人たちの多くは農作業のかたわら、杉を植林し、夏には下草を刈って杉苗を守る下刈りや、杉の下枝を払う枝打ちに精を出した。直線でまっすぐ育つ杉は、成長も早く加工もしやすいことから、戦後の国土の復旧に、木造住宅の大量生産可能な建築材料として白羽の矢が立てられたという。植林し40年、50年後にはそれが売れて子や孫の代の生活が楽になる遠い将来の夢に汗を絞り出した。父親が植林した杉を指差して、まだ学校にも上がらない子に「お前が大きくなったらあの杉林をやるから、あれで家を建てろ」と、遠い空を見る目をして言ったのをよく覚えている。けれどもそれは、安い外材が大量に輸入されるようになって、夢と消えた…。


   人間の手が入らなくなった杉林は伸び放題で、あっという間に手がつけられない状態になった。木がひしめき合って太陽の光が入らず、生き延びるために早く次の代を作ろうとする杉の木が、いっせいに花粉を飛ばし始めた…。澁澤寿一さんは指摘する。「今まさに私たちは、太平洋戦争の後遺症である、花粉症というやっかいなツケを払わされているのです。それは、自然との共生を忘れた人間への警告かも知れません」(同)。


   日本には古来から、すべては森が作ってくれているという思想があった。「森がなかったら自分たちは生活できないのだから木を大切にしなさいという制令(太政官符)が、すでに821年に定められていました」(同)。散歩道で、虫を怖がる子供や母親のことを書いたことがある。同じように森を怖がる、どうやって森に入っていいかわからない、森に入っても一歩も動けない…そんな子供や大人たちも増えていると澁澤さんは心配する。いつの間にか森が人間から遠く離れてしまった…。もっと森へ行きませんか?


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