2009年06月19日号

No.105


心の回診第104回を読んで下さったと言う反響が何件かあった。その一人がB子さん。ただ、受話器の声は切羽詰まっていた。


   相談の内容は、本来の私の仕事である入院相談というより、人生相談のようでもあった。


   55歳のB子さんは、夫の両親と同居している。お姑さんが親戚の家に遊びに行っている間に、入院中の夫であるおじいちゃんが急変し、危篤状態になった。お嫁さんを泥棒呼ばわりする程痴呆の進んでいる姑に、事実を伝えてよいものか?と言う内容だ。息子さんは「喋った所で混乱するだけだ。葬儀が終ってから話せばいい」と言う。B子さんは可哀相で納得できないと言う。状況によっては明日にもお通夜・葬儀と続く事になるかも知れない…さあ困った。そして私の答は決まった。「お姑さんが混乱して最悪の状態になったとしても事実を伝えるべきです。悲しみを家族と共有されてお姑さんを支えて上げて下さい。いつか受容されていくと思いますよ」認知症でよかったかも知れない…と心の中で思った。


   苦労を共に生きて来た夫の死を知らないまヽ生きて行くなんて、哀しい嘘は言えないと言うお嫁さん。息子さんは呆けてしまった母親に今更事実を伝えて混乱させるのは酷だと苦しんでいる。表現の仕方こそ違うが、老いた母を想う優しさには違いはない。行政にしても、テレビ、新聞等にしても、老々介護の大変さは伝えるが、救いの術(すべ)は伝えていない。病院に入院するにしても、施設に入所するにしても、それなりの費用がかヽる。安心して長生きするためにはどうしたらよいのですか?と問いたい。


   忘れていた頃、「四十九日が無事に終りました」とB子さんから電話が入った。おばあちゃんは毎日仏壇の前で手を合わせているそうだ。よかったね。私も母に逢いたい。ソーダ、釧路に行こう!


ポルノグラフィティ CD

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