2009年06月05日号

苦い記憶


自分で自分に押した「卑怯者」の烙印(らくいん)は、これまでの人生の中では結構重かった。高校時代、田舎の町であった、ごく日常的な、おそらくほんの些細(ささい)な出来事なのだが、これまで忘れられずにいた。


   高校生活にもようやく慣れたある日の昼下がり、同じ中学校を出た友人と、新しく知り合った同級生のYと3人で下校し、同じ汽車に乗って乗りかえの駅に降りた。この駅の近くに住むYと改札口を出たところで別れ、接続の汽車を待つのに友人と待合室のベンチに座った。何事か外が騒がしい。表に出ると、Yが他校の生徒に囲まれている。つぶした学生帽をアミダに頭にのせ、針金でぺったりと成形した学生鞄を脇に抱え、ボタンを外してワルを気取ったのが5~6人、Yの胸元を小突きながら何か因縁をつけている。「生意気だ」とスゴんだ声が聞こえた。Yは、顔を赤くして少し唇を尖らせながらじっと下を向いている。遠巻きにしているこっちの方にチラッと視線を向けて、また下を向いた。


   男として、友人として助けに入らなければならない、そう思った。けれども、数でも腕っ節でも負ける。もう腰が引けていた…。Yが連れて行かれそうになって、友人と後ろから付いて行った。3人が振り向いてにらんだ。何もできず下を向いて立ち止まり、負け犬の気持ちでYを取り囲む一群を見送った。


   友人とその後何を話したか覚えていない。次の日、普段通り登校しているYを見つけて、ほっとしたことは覚えている。ただ、あの後どうなったかYも言わなかった。恥ずかしくてこちらも聞けなかった。3年間、Yには後ろめたさが残った。友人とも少し疎遠になった。そして卑怯者の謗(そし)りはずっと心の奥にわだかまり、30年以上たって、まだうずくことがある。ちょうど今頃の若葉の季節だった。


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