2009年08月07日号

終末期医療を考える


Tさんは91歳になる女性。昨日のことは全く忘れてしまうが、日本地図やミッキーマウスのジグソーパズルは見事にこなす。食欲は旺盛で、糖尿病があるため介護スタッフはハラハラするが、驚くほどの胃の容量である。異変を見つけたのは、今年3月、肝臓に直径4・5センチほどの腫瘍が認められた。


   3年前に右総腸骨動脈に直径4センチの動脈瘤を発見、半年毎にCT検査を行っていたが、半年前には無かった。家族に「半年でこの大きさになったもので悪性と思う」こと、今後の経過の可能性や終末期のことを説明。今年6月の検査で腫瘍は一回り大きく成長。家族を呼んで、腫瘍の破裂、黄疸や腹水の出現、肝機能低下による肝性昏睡、それに以前からある動脈瘤破裂の可能性なども改めて説明し、終末期のことを尋ねた。


   一般の人の終末期というイメージは「枯木が朽ちるように」というのが一般的らしい。Tさんの家族も「食事が摂れて尿や便が出ていれば、このままに」とのこと。私の説明不足もあると思うが、一般の人が苦痛を伴うような現実の死をイメージするのは難しい。


   30歳台に到達する生命力の最高レベルを百点とすると、死は零点である。いわゆる「ポックリ死」はいきなり零点に至るものである。100点から零点に向かって緩やかに減衰する老衰死を誰もが望む。しかし、これを成就できる人は珍しい。多くの人は、50点ほどのレベルから紆余曲折をたどり、上下動を繰り返し零点に向かっていく。この過程で痛みなどの苦痛を伴うことが多い。Tさんは日増しに衰弱し、腹水が貯留しはじめ黄疸も見られるようになった。施設での介護の限界と判断し、厚別区内の病院を受診させた。診察した先生は終末期医療に理解のある方で、「これ以上、施設での生活は難しいので緩和病棟に入院させましょう」と言ってくれた。生活の場での終末期…言うのは簡単だが、その難しさを改めて考えさせられた!


のだめ CD

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