2009年09月25日号

ルンペン・ストーブ


最近、司馬遼太郎の『街道をゆく』全42巻の読破に凝っている。歴史的な古道を訪ねての旅行記で、読み応えがある。15巻は「北海道の諸道」という副題、「住居と暖房」という項に、ストーブのことが記載されていた。開拓使顧問ケプロンが米国から持ち込んだ鉄板製のストーブが「ルンペン・ストーブではなかったか」と記されている。


   司馬遼太郎は、ケプロンが持ち込んだ薪ストーブをルンペン・ストーブと勘違いしていたようだ。本物は直径40余りで高さが60センチ程のブリキ製円筒、下に通気口があり、上部に煙突への接続口がある。通気口の上に目皿があって石炭を煙突の部分まで入れ、その上に焚き付けを置いて点火し蓋をする。通気口の開閉で火力を調節でき、一昼夜は火持ちする。


   高校時代は園芸部に所属、母校の旭川西高旧校舎、中庭に温室があり、サイネリアやアザレアが栽培されていた。「入学式の日にこれを父兄に売ろう」と提案。唖然としている他の部員を尻目にすべて売り尽くした。空っぽの温室、手にした大金…多少の責任を感じて花苗の育苗や温室の世話に精を出した。一段掘り下げた穴にルンペン・ストーブが置かれ、地上スレスレに端から端まで煙突を這わして温室内を保温していた。


   ルンペン・ストーブの記憶から高校時代のある思い出が蘇った。温室の一角を机に改造、授業を終えるとルンペン・ストーブの灰を廃棄しセットして点火、温室内で受験勉強の毎日。文化祭の前夜、温室に友人のM双子兄弟がやってきて「登山部の展示室にテントも炊事道具もあるので泊まろう」となった。その夜、調理実習室に忍び込み、バザーに使う食材を盗み出し雑煮を作った…美味しかった。翌日、当然ながら大騒ぎとなったが、しばらくして悪事がバレ、処分は停学。幼稚園からの同期生であるM兄弟の母と私の母は顔見知り、神妙に校長からの訓戒を聞いている2人の母親の横顔を思い出した。


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