2009年10月02日号

名月に祈る…


政権が代わってまだ10日もしないのに、新しい希望だけは出てきた感じがする。その実態がどうなるのかはまだまだわからないけれど、今のところは少なくとも正面を真っ直ぐ見据えた、ごまかしの無い率直さが見えて、国民が欺かれ続けた過去との違いをきわ立たせている。どうか、普通に暮らす普通の人々のために力を尽くして欲しい、普通に生きていける世の中を作り上げて欲しいと願う。どうか、もう権力を弄(もてあそ)んで、人々をないがしろにしないで欲しいと真に思う。信用はしない、しかし、期待はする…。


   先週の土曜日、新政権のニュースが並ぶ夕刊の片隅に載った記事を見て、気が滅(め)入った。苫小牧の32歳の女性が、自宅で出産した直後の赤ちゃんを窓から投げ捨て遺棄したとして、苫小牧警察署に逮捕された事件(9月26日付北海道新聞夕刊)。同紙によると、21日午前6時ごろ、女性は自宅アパートで産んだばかりの長女をへその緒が付いたまま毛布に包み、アパート1階の窓から約2m下の地面に投げ捨てた。


   女性は「育てられないと思った」と話し、同居している夫は妊娠していることに気づかなかったという。夫という人はどこにいたのだろう、夜勤か何かで不在だったのか。気象庁のデータでは気温8度の寒い朝だった。陣痛も繰り返しただろう夜を過ごし、明け方、女性はひとりで産み落とし毛布にくるんで、人目から隠すこともしないで、もう明るくなった窓の外に“捨てた”…深い闇の中に落ちてしまった心、もだえるような狂気…。


   赤ちゃんは投げ捨てられた直後に通行中の男性に発見され、外傷もなく病院で元気に育っているというのが救いと言えば救いなのだが、何ともやり切れない気持ちになった。一方で、精神的な創傷を負った異常な事件なのに、そんな事件にも慣れてしまってどこかで「またか」と思う、自分のその“異常さ”にも気が付いて、また気持ちが滅入った。


   時代が進んで、人々の心はむしろ追い詰められ、行き場を失いつつあるのかも知れない。心が病まずにすむ世の中の有り様が、今、政治にも社会の環境や仕組みにも何よりも求められ、現実問題として急がれている気がする。


   10月3日は中秋の名月、十五夜。澄みきった月をしっかり拝んでみたいと、そう思う。何かを拝んでいないといられない、それだけ人の心というものはか弱い…。


黒執事 CD

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