2009年10月09日号

そのとき・・・最期の言葉


祖父が亡くなる数日前、中風で寝たきりだったのに起き出して、仏壇のまわりをきれいに片付けて、それで大往生したと、祖母が不思議がってもいた。「死ぬ時というのがわかるのだろうか」という不思議だった。最近、古今の死に臨んでの辞世の句とか一言に興味がわくようになって、有名な人の最後の言葉を集めたりしている。一体、“そのとき”どんな気持ちがするのか、何を思うのか…そんなことをふっと思うようになったのである。


   本当かどうかはわからないけれど、まずは辞世の句…歌人・在原業平「ついにゆく道とはかねて聞きしかどきのふとけふとは思わざりしを」。上杉謙信「四十九年一睡の夢(“一炊の夢”のもじりとも)一期の栄華一杯の酒」。豊臣秀吉「露とをち露と消えにしわが身かな浪速(なにわ)のことは夢のまた夢」。細川ガラシャ「散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ」。石川五右衛門「石川や浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ」。伊達政宗「曇なき心の月を先立てて浮世の闇を照らしてぞゆく」。忠臣蔵の大石内蔵助「あら楽し思いは晴るる身は捨つる浮世の月にかかる雲なし」(「お先に」と切腹の座に向かったという)……いろいろあるが、何となく、業平の句が“そのとき”に戸惑っている感じがして親しめる。


   似た感じで、狂歌師・大田南畝(なんぽ)「これまでは他人事だと思うたに今度は俺かこれはめいわく」。どこか人を食っている。やはり江戸人気作家の十辺舎一九「この世をばどりゃお暇(いとま)に線香の煙とともに灰左様なら」。小林一茶「ああままよ生きても亀の百分の一」。落語家・三遊(亭)一朝「あの世にも粋な年増はいるかしらん」。きれいなのはお坊さんの句。西行「願わくは花の下にて春死なんその如月(きさらぎ)の望月のころ」。良寛さん「裏を見せ表を見せて散るもみじ」。


   浮世絵師・葛飾北斎「人魂で行く気散じ(気晴らし)や夏野原」…と辞世を詠(よ)んで、「あと10年生きたいが、せめてあと5年の命があったら、本当の絵師になれるのだが…」とつぶやいて息を引き取ったとか。89歳。こんな“最後の一言”もいろいろ伝わっている。例えば一休さん「死にとうない」。そう言って、座ったまま眠るように逝ったという。76歳で亡くなった勝海舟の最後の言葉は「これでおしまい」。宮内庁侍従長・入江相政(すけまさ)さんの最後の言葉といわれるのは「それではまたお目にかかることもあるでしょう」……では。


クロックス

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