2009年10月30日号

初恋


日暮れ時が早まってインク壷(つぼ)の底のような濃いブルーに空気が染まる季節になると、胸の辺がちょっとばかり、キュンなんてうずいたりするのである。黄昏(たそがれ)が夜のしじまに沈んで行く頃というのは、寒々としてきて上着の襟を立てたくなるように、身も心も縮んでゆく。窓からもれる家々の明かりが妙にあたたかく見える…。そんな時が危険なのだ。縮まった胸がキュンと…泣く。年を取っても、この現象はなくならないらしい。


   数年前、本を整理していたら中学校で使った辞書が出てきた。おっ、と思ってページをめくったら表紙の裏に何か書いてあるのが透けて見える。糊をはがして開くと同時に、記憶がよみがえって体が固まった。ある人の名前が上から下までびっしり書き込まれているではないか。もう40年以上昔の恋の破片…。懐かしさより気恥ずかしさが先に立ち、冷や汗が出た。…気持ちを相手に伝えるなど途方もないことで、その名前を呼びかけるように書き連ねて、手に負えなくなる想いを散らしたのだった。他人に見られたら困ることに気付いて、後で糊付けして封印していた。


   同じ時期に、故郷の同級生から40年ぶりの声で同窓会の誘いの電話があった。行けなかったけれども、後に姿かたちが変わった昔の同級生たちが並んだ記念写真が届いた。田舎のことで小学校も中学校も一緒だった連中なのに半数以上は誰だか見当がつかない。ショックを受けながらも、目は初恋の人を探していて、子供の頃と同じ感じで遠慮がちに立つその人を見つけて、ほっとした。年相応のおばさんにはなっているけれども、内気で清楚だった面影は残っている。家人に悟られないように心の中で「ふふっ」と笑った。


   晩秋の暮れ方、校門横のバスの停留所に佇むお下げ髪の少女が、その存在を思いっ切り意識しているくせに「さいなら」とだけ言ってわざと足早に通り過ぎようとする少年に、何事か大きな声で呼びかけた。素直な年齢ではないから立ち止まりもせずに背中に返事を残して立ち去りながらも、ただそれだけのことで少年は天にも昇る心地で、「ウォーイ」と叫ばずにはいられなかった。その後も何も言い出せず、結局は進学して別れ別れになる…。


   もう冬も近い夕暮れ時には、そんなこんなのいろいろな思いの断片がおもむろに心ににじみ出てしまうのだろう、胸がキュン…と泣いてしまったりするのである。どうしているかなぁ…。


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