2009年11月20日号

“おあし”


金銭は“おあし”ともいうから、できれば団体でいらして欲しいのだが、散歩人のところにはいつも少人数、しかもすぐに羽を生やして飛んで行ってしまう。渡り鳥の中継点みたいなものだ。


   本当にお金には縁のない半生を送ってきたと思う。高校時代は、バケツ片手に校内を一周してコーラや牛乳の空き瓶を拾って下宿生活の足しにした。1本10円になる。そんなピーピーぶりは、世の中に出ても変わらなかったから、若い頃は下ばっかり見て歩いていた。


   20歳過ぎの冬、そんな感じで歩いていたら本当に何か落ちている。裸の1万円札何枚かの束だとわかって「しめた」と拾おうとした瞬間、前から歩いてきた2人連れの男に先に拾われた。騒ぐ声を背にしながら、もう1秒早かったら、と運命を呪った。南1条東2丁目のあの雪の歩道は今も忘れない。


   で…これは自分に金の運も才覚もないのだ、と思い切ることにした。追いかければ逃げていく。ならば追いかけまい。金で人間の価値が決まるわけじゃない!自分は自分、身の丈で十分…と思い切ったら、金への「飢餓感」が薄れた。気持ちも楽になった。ただ、どうもまだ努力目標のようだ。昨日も宝くじ売り場の前で、買おうかどうか迷っていた…。


家あげ花火

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