2010年01月22日号

昔ながらの生き方で…


昔の話が多くてわからない…と、若い(といっても40に近い)スタッフに、散歩道について指摘された。とはいえ、若い人たちの嗜好・感性・時代感覚はわからないし、まんまる新聞というのは老若男女すべてが大切な読者であるし、かといって読者にへつらって書くものでもないから、さあ、困った…俺もそんな年になってしまったことよなあ…などとちょっと頼りない気持ちになってしまった。…で、開き直ることにした。世の中に生きる人というものの根っ子の部分は、昔も今も変わらない。昔の話でもちょっとは意味があるかも知れない。わからないでも仕方ないではないか…とここまで開き直ったところで、ああ、ただ単に文章が下手で、読んだ人がわからないんだと思い当たり、また、へこんだ。


   それでもめげずに…昔の話。散歩人に物心がついたのは昭和30年代。西暦でいえば1960年前後。まだ、田畑は牛馬で耕して、牛馬に与える草を日々朝仕事で刈り取り、冬の馬草用に夏草も刈ったそこいら辺の里の山々にはいっぱいの野原が広がって、そこに野の花が咲くというおそらく何百年、何千年変わらず続いた風景の中にいた。百姓には“貨幣・現金”がなく、行商人が来ても町で買い物をするにも、米や大豆との物々交換だった。米一升(1・8リットル)=りんご一貫目(3・75kg)という風にして取り替えたと思う。豆腐と油揚を買うのに大豆を持って行ったのも覚えている。町に買い物に出るのには、現金がないから米を背負って行く。交換所があって、お金に換えて服などを買った。


   苦しい貧乏だが、田畑さえあれば生きて行けた時代だった。金は目先のことに使ってしまえば何も残さないけれど、土を耕せばまた新しい命が生まれ、糧を得ることができた。金がなくとも生きる根を張ることができた。それが百姓の強さだったように思う。現代でもその実態は変わらず「物々交換」なのだろうと思う。モノのかわりに金銭を貰い、それで必要なモノを手に入れる。中間に金銭が入るだけだ。今は金を借りやすい。借りて何でも出来るけれど、借りれば返さなければならない。辛抱してこつこつやるしかない。生きるというのはそのこつこつの積み重ねでしかないことが今更ながらに身に沁みる。


   洪水を防ぎ、水の確保のために造ったダムも、造り過ぎれば海に土砂を運ばず、栄養を補給できなくなって悠久の海を涸(か)らした。目先の欲で土をコンクリートで覆ってしまえば、後は何も生み出さない。目先の金銭欲のために、どこでもかしこでも大きな借金をしてしまっているように見えてしまう。しまいには人の心も借金につぶされて、明日の命を育む豊かな土壌を失ったのかも知れない。それやこれやと考えれば、昔も今も根っ子の部分は何も変わっていないのではないか。銭だけの世の中ではなかったはずなのである。


   …で、散歩人の今年のテーマは♪ボロは着~てても(銭はな~くとも~)コーコロは錦~……日々道端の草木に遊び小鳥の歌に楽しみ、空の雲に呼びかける、そういう本来の生き方をするのであ~る…?


カニ

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