2010年05月14日号

チョウチン・ジャーナリズム


この仕事に入ったのは、ある業界専門紙だったが、紙面作りも比較的真っ当だったから、幸いなことにさほどに汚い水を飲むこともなかった。同業他社では、しかし、たかり仕事をする記者たちもいた。金をもらって、ヨイショとほめ上げる提灯持ち記事(チョウチン記事という)を書く…金にならなければ、その逆だ。この世界の水に慣れるにつれ、業界紙に限らずそういう“記者”たちが珍しくないこともわかってきた。自分もその道に迷い込みそうになって冷や汗をかいたこともあった。背中を押すのは「金」とねじ曲がった「自尊心」だった…。


   4月末、野中広務元官房長官が、官房機密費の支出の内幕をテレビと通信社に暴露して波紋を広げている。秘密の情報収集やら政界工作やら世論操作やらいろいろあるのだろうとは想像していたが、多くの政治評論家やジャーナリストにもばらまいていたという内容には愕然(がくぜん)とした。


   テレビで偉そうにコメントしているあの顔この顔…新聞・雑誌のあの記事、この評論…。“世論操作”に立ち向かうべきはずの評論家や“ジャーナリスト”たちが、逆にその金に群がって、金をくれる勢力に都合の良い報道や論評を流す。特定の勢力の手先になって国民をだます“チョウチン・ジャーナリズム”だ。


   なぜか新政権批判だけを執拗に繰り返すマスコミの有り様に異常さを感じて、散歩道でも何度か触れた。自分たちの根幹を揺さぶる問題のはずなのに、不思議なことに、この“野中暴露”の後の関連報道や検証はあまりなく、マスコミは口をつぐんだままだ。だまされまい…と思う。ご用心。ご用心。


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