2010年09月03日号

遠い記憶から


昔、30分も40分もかかって越えていた峠道が、今は車で、ものの5分とかからない。僻地だった田舎は帰郷するたびに便利になっていく。郷愁は“古き時代”を無責任に懐かしむが、ここに生きる人々はどれだけ助かっているか知れない…。


   「おめ、新五郎アバ覚(お)べてらが?正直で心コえして(良くて)よ」…昔話をする中で母親がおもむろに口を開いた。50年も前、行商の新五郎アバ(あば=母さん、奥さんのこと)は、竹の行李(こうり)に鯨肉やら干し魚やら、りんごやら菓子やらを詰め、背より高く重ねて背負って、夏も冬も山道を歩いて売りに来た。心待ちにする村人はそれを米と引き替えで買う。だから、帰る山道もまた重い米を背負って下った。


   亭主の新五郎も時々来た。戦傷だろう、右手首から先が無く海賊の絵で見たようなカギの義手を付けていて、普段は白い布でまるく縛っていた。その布を取って義手で秤(はかり)を扱う姿を戸の隙間から怖々見ていた記憶がある。里の学校へ通い出して、不自由な手で荷を積んだ自転車を操って砂利道を行く新五郎さんに出会った。行商に来た時のいつもとは違うその必死の形相が、何だか見てはいけないものを見たようで胸に刺さった…。


   小さい頃、ただただ働いて生きたこの夫婦からも、生きて行くということの一端を教えてもらったような気がする。新五郎夫婦は3人の子を育て上げて亡くなったという。


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