2010年10月15日号

No.121


あれは何年前になるでしょう。パウロ病院が開設されて間もない頃ですから27年前に遡ります。


   ある日、病院の御聖堂(おみどう)の祭壇に小さな御賽銭箱が置かれました。正直、此の場所に賽銭箱はつり合わない…「困った」と思いました。好意で置かれた賽銭箱は素人が作ったものとは思えない程丁寧な仕事振りでした。その御賽銭箱がお金が入らない程に重くなり、一度開けて見る事にしました。浄財は一円玉、五円玉、十円、百円、時にはティッシュに丁寧に包まれて更に輪ゴムが厳重にかけられたお札もありました。


   御賽銭箱には手紙も入っていました。患者さん自身の自筆と思われるもの、家族の方が父・母の全快を祈る言葉もありました。どの文面にも生かされている事への感謝と肉親を思う心情が溢れていて、感動して涙が止まらなくなりました。


   平成11年12月24日、クリスマスに書かれたとし子さんの文章は、「イエス様よ、あしたの朝が来るまで床の側におりたまえ。心ばかりの献金を捧げます。お受け取り下さい」患者さんの夜の淋しさ、朝を待つ心が伝わって来ます。


   「敬老の日に、札幌市より祝金を3千円戴きました。どう使うか迷いました。近頃漢字の忘れがひどく辞書を求めようと思ひ、末娘に相談したところ、高齢者のための字の大きな辞書を買って来てくれました。其の残金誠に些少でありますが、主イエスの降誕のお祝いと喜びの気持ちを御前に捧げます。誠に少ならねど受け給え。3F T・T」


   「16年前にお世話になって有難かったです。少々ですが寄付させて下さい。敬具 T子」(原文のまま)


   家族が寝静まった夜、私はこの原稿を書きながら泣きました。自分が苦しい病いの中で、神様、仏様に手を合せて、他人(ひと)のために祈る…私にはできません。


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