2010年11月05日号

人の心


人恋しさでふらりと立ち寄った居酒屋で今の世の中の話になった。「身近に精神を病むという人があまりに多い」と一緒になった飲み仲間が言うのである。「心の病というけれど、個人のせいだとは思えない。世の中の方がおかしいんじゃないか」。理屈で言えば「社会の速度が人の生きる速度をはるかに超えてしまっている。だから、普通の人はどんどん変調を来していく…。まともに見える人間の方が、実はどこかおかしいのではないか」――。「自分がおかしいのではないかって思うことが時々ある。自信ないよ」「昔の速度になったら、みんな普通に戻る気がする」…そんな話をしながら、なぜか子供の頃の秋の情景を思い出していた。


   秋は山の恵みもどっさりだ。あくび(アケビ)、今のキウイとそっくり同じ味のコクワ、山ぶどう、もくれんこ(コハゼの実)、栗…そして、森の中のキノコ…山から山へ、子供たちは(大人たちも)夢中で駆け巡った。まだ幼い子らは、ドングリもポケットいっぱいに拾って歩いた。コマやヤジロベエなんかも作るのだが、集めるだけでうれしかった。栗は毬(いが)からむいて、歯で皮と渋を取り生で食べる。


   心を通わすのは、子供も大人も野や山や、あるいは田畑だったり、そこに住む動物たちだった。今風にいうなら、自然に向かって話しかけたり、悪態をついたりして、多くの時間を過ごした。そうするうちに心は軽くなって、何かあっても平常心を取り戻すことができたように思う。身の回りにただあるだけだった自然は、傷ついて逃げ込んでいった心には限りなく優しかった…。


   今も昔も、人の心は決して強くはなかった…と思う。


ウォークマン Sシリーズ

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