2010年11月12日号

よみがえった思い出


小学校1年生のことだったと思う。担任の先生に思わず「母さん」と呼びかけてしまって、同級生たちにはやし立てられたことがあった。顔から火が出るほど恥ずかしくて、記憶の外に追い出したかった思い出なのだが、どうやら奥の奥にちゃんとしまい込まれていたらしい、テレビを見ていて出しぬけに思い出して、もう初老の域に入ったというのに、恥ずかしさもよみがえって胸がどきついてしまった。


   子供に扮したテレビの若手の漫才師の掛け合いで、「わーい、先生をお母さんと呼んだ」というセリフが耳に入ってびっくりしたのだが、同時にこちらの思い出も心の奥から一気に浮かび上がってきたのだった。ただ、面白かったのは、どうやら同じ呼び間違いをした人が少なからずいるらしい、ということがわかったことで、面映(おもは)ゆい気持ちの一方で、思い出されたその情景は何だかほほえましくも思えたのだった。


   どうも、もの心ついてこの方、恥ずかしいことばっかりを重ねてきた気がする。人生の旅の恥ばっかりは、都合よく“かき捨て”とはいかずに身に積つまされてゆく。この散歩道という欄は、散歩人が「自分ばかりじゃないよねぇ」と、読者の皆さんに恥をさらすふりをしながら、「ほうれ見ろ、俺ばかりじゃない」と開き直ったり、自分を慰めたりする都合のいいコラムなのだが、記憶の奥底にしまい込まれたものもずいぶん眠っているみたいで、まだまだ題材に困ることはなさそうだと変な安堵もしている。


   突然「母さん」と呼ばれて、先生はにっこり微笑んで振り向いた……そういう風に記憶には美化されている。何て答えてくれたかは覚えていないけど、やさしかったなぁ…松岡先生。


Aラインコート

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