2011年01月21日号

No.124


今年最初の心の回診、走馬灯のように様々な事が思い出されて来る。パウロ病院に入院されている患者さん、関連施設の沢山の利用者の方達とのふれ合い、はじける笑顔、そして涙も沢山見た。人間生きると言う事はとてつもなく辛い時がある。神様は何故にこんな試練を与えるのか?理由(わけ)が解らなくて神様を恨んで泣いた事もある。


   しかし、現在(いま)が良ければ全てよしで、過去の苦労、試練には深い意味がある事を知った。試練を乗り越えたから現在(いま)があるのだと…。幸せは平凡でいい。毎日、つつがなく暮せればそれで充分だ。


   先日、特急列車に乗って釧路の母に逢いに行って来た。母は歯科医だった父と結婚し、戦争で全てを失ない、川崎から母の実家のある釧路に逃げのびて来た。厳格な父とは対照的なコロコロとよく笑う母だった。六年生の修学旅行の時、友達は皆んなセーラー服なのに、私だけ母がミシンを踏んで作ってくれたばらの模様のワンピースを着せられて「嫌だ!!」と泣いた…。参観日は着物を着て来る母が綺麗で、嬉しくて、自慢だった。その母が私の名前を忘れた。


   今までは、お母さん、私修子だよ…って教えた。それもきつい調子で。


   ごめんねお母さん、もう修子の名前も全部忘れていいよ。私はお母さんが生きてくれている事が幸せ。お母さんの五目御飯の味は、私から麻美子に引き継がれて、孫の代になっているんだよ。時には泣きたい事いっぱいあるけど、生きているって素晴しい。どんなに天国、極楽があると言われても、生きている事に意味がある。老いとは、体も視力も衰える代わりに心の目が澄んで来て、本当に生きる意味、命の大切さが解るようになるのではないでしょうか。


   まんまる新聞読者の皆様、今年もどうぞよろしくお願い致します。


マイケルジャクソン CD

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