2011年02月18日号

「死」の風景


中風(ちゅうふう・ちゅうぶ=脳卒中)で何年か床に就(つ)いていた佐吉じいさんが亡くなったのは、初夏の晴れた日だったと思う。小学校から帰る山道で、嫁ぎ先から駆けつけてきた叔母が追いついて、「おじちゃ、死んだどえ」と息を弾ませながら言った。家に入ると、葬式の準備の手伝いに、白い割烹着(かっぽうぎ)姿の部落の小母さんたちが忙しく立ち働いている。連れ添いを亡くしたはずの祖母が「おじちゃだば、涙も何も流させね。大往生だ。祭りみだいなもんだ」と笑った。


   佐吉じいさんは数日前おもむろに起き出して、毎朝お経を上げていた仏壇のまわりを片付けた後に昏睡し、そして、この日の昼前に静かに息を引き取った。70余歳で、今にしてみれば若い部類だが、「寿命で大往生した」と人々は語り合った。寝た切りの世話も大変ではあったろうけど、そういうことだけでもなく、一つの命を送り出した安堵感のようなものがただよい、家の中は賑やかですらあった。


   長く父母の介護を続けていた知人の女性が、母親を80余歳で亡くした時、医者に「寿命です」と言われて「とても納得した気持ちになった」と言った。ガンを患っていたのだが、病気が原因ではなく老衰によるのだと言い切ってくれたという。現代は何にでも病名が付く時代だが、病気で逝ったとされれば、悔いと禍根(かこん)がどこかに残る。いっそ“寿命”と言ってくれた方が、逝く人も残される人もどれほど救われるか助かるか…。


   祖父が逝った時、家の前の小川に寄り添ってたたずむ古木に、うす紅色の合歓(ねむ)の花が満開になって咲いていた記憶がある。誰も泣きもしない、むやみに悲しがりもしない、寿命という運命をそのまま受け入れるような……散歩人が初めて向き合った「死」の風景は、祭りのようでカラリとしたものだった。


機動戦士ガンダム CD

トラックバックURL:

« いつ切るか⑤裂孔原性網膜剥離 | TOP | 日本語の語感と国語教育 »

[PR]SEO対策済みテンプレート