2011年04月15日号

恵みの春


揺れには敏感なほうらしい。会社の建物は、風が吹いても揺れるものだから、いつもフアフアしているのだが、何年か前「揺れてる。地震だよ」と言ったら、「何も感じない」と言いながらインターネットを覗いたスタッフに「本当だ。いま台湾で地震があった」と驚かれたことがあった。こうなるとほとんど常人の域を超えているはずなのだが、たびたび揺れてると騒ぐものだから、今では誰もその“超能力”を信じてくれなくなった。めまいと運動機能の低下で、どうやら地面ではなく本人が揺れているらしい。この原稿を書いている今もかすかな揺れを感じて、「また地震だ」と言ったら、「自分が揺れてるんですよ」と誰も相手にしてくれない。そのうち、地震なのか、風のせいなのか、自分が揺れているんだか、どうもわからなくなった。


   大震災の余震は道内ではそう多く感じないでいるが、それでも時おり揺れると、心臓が締めつけられるような嫌な不安感があって、揺れるたびにビクビクしてしまう。どうなるかわからない言い知れぬ恐怖。被災地に住む人々の、そうした精神的な負担もいかばかりかと案じられる。


   自然の猛威は予測の域をはるかに超えた。“荒ぶる神”を畏(おそ)れ敬う昔人の心があらためてよみがえる気がする。その同じ自然が、いま野にも山にも春を送り届ける。「幸」は「しあわせ」でもあるけれど、日本では古くから海から山から贈られる「さち」でもある。辞書には「漁や猟に獲物の多いこと。また、その獲物」(広辞苑)とある。海の幸、山の幸…きらめくような春の「幸」。無慈悲と慈悲深さを冷酷にあわせ持つ「自然」の手の平で生きている存在であることを思い知らされつつ、“恵みの春”を迎える。


   フキノトウ、ヒトビロ、タランボ、ウド、ヨモギ、コゴミ……。タンポポの花も葉も根も美味しいぞ!と知人が教えてくれた。さあ、春の幸をいただこうか。


ウォークマン Sシリーズ

トラックバックURL:

« 高齢者の運転免許更新① | TOP | 今年の花見は! »

[PR]SEO対策済みテンプレート