2011年05月13日号

ふるさとの風景


生まれた川に懐かしい水を求めて遡上する鮭のように、ふるさとの空気が無性に恋しくなることがあって、連休初日の夜行列車に乗った。青函トンネルを出て青森駅を過ぎると、空の下に岩木山を背にして津軽平野が広がった。昔、津軽から出羽に越えた羽州街道・矢立峠の真下を、今は奥羽本線のトンネルが秋田に抜ける。少なくとも数百年、秋田県北部の山間にひっそりと歴史を刻んできた故郷の村に着いたのは、まだ朝の8時前だった。


   深緑の杉の木立に雨を含んだ靄(もや)が墨絵のように立ちこめている。雨が続いて、田を耕す時期を迎えた農家を困らせていた。芽吹きの前の、ブナやナラの薄茶色の中に、山桜の淡いピンクに混じって白い花のコブシがぽつりぽつりと咲いている。その白い花が咲くと田んぼを耕す田打ちの作業が始まるから「昔から田打ち桜と呼んだ」と年取った母親が指さした。種もみから苗を育てる育苗用のビニールハウスの中で、稲苗が青々と育ち始めている。ウグイスが盛んに鳴いて、田畑にはカエルのさんざめきが賑やかさを増している。


   「日当たりの悪い山間の田は作るのをやめた」と兄が言った。平野部の条件の良い田を持つ人も老齢化と跡取り難で田を作れなくなり、「何とか耕作して欲しい」という小作依頼が多いのだという。地主が小作に頭を下げて稲作りを懇願する、不思議な時代に今は入っている。跡取りがいない従兄弟が、兄に「もう何年農家を続けられるか、わからねな」とぼやいた。ともに60代。時代の流れがあまりに速く、先行きの見当がまるでつかない。農家を続けるめどが立たないどころか、限界集落の烙印を押された部落の存続すらわからない。あちこち傷み始めた身体がいつまでもつか…「後は野となれ山となれ」だと、兄が投げやりにつぶやいた。


   山間の村に流れる時間は本当にゆるやかでやさしい。若い頃は、延々と続くその暮らしの鈍さと重さにむしろ嫌気がさした。田舎の自然と生活をたまに訪れて良しとするのは、都会者の身勝手でもある。その身勝手さにあてつけるかのように、空はとうとう晴れてくれなかった。


GReeeeN CD

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