2011年06月10日号

介護の先に…


パウロ病院・中山修子会長の本紙連載コラム「心の回診」(5月20日号)に、認知症の母親の介護に人生の大切な前半期を費やし、母親が亡くなった途端、母親と暮らしていた家を兄弟で分けるから処分すると言われて途方にくれるM子さんという女性の話が紹介されていた。


   結婚していた兄と姉に説得されて26歳の時から母親の元に戻って暮らし始めたM子さんは、結婚も出来ずに仕事も辞めて、必死の介護を何年も続けた。ところが…母親が亡くなった途端、自分の家と思っていた母親名義の家を売り払うと言われる。約束と違うと主張しても覚えがないと否定される……相談に来たM子さんの涙を見ながら、苦労をした人が、親孝行をした本当に優しい人が、最後に報われるためにも、日々の介護日記、日常、家族で交わした約束は、絶対記録に残すべきだと痛感した――と中山さんは結んでいる。


   知人のS子さんは、母親を2年前に亡くし、そして、90歳の父親をこの春看取った。両親とも体が不自由で、この数年というもの介護との格闘の日々だった。ただ、長女でもあり両親の面倒を見るのは当たり前だと思っていた。父親も生前には口頭で妹とS子さんへの財産分けを語り、それでいいものだと思っていた。妹の異議申し立ては、父親に認知症のおそれが出てきた頃から始まる。S子さんの心を裏切るように、父親が亡くなると同時に、今住んでいる家や土地も公平に分与すべきという裁判を起こされた。たまに病院に見舞いに来る程度で、実生活の介護などは何一つしなかった妹夫婦が、親が死んだ途端、もっと財産を寄こせと騒ぎ出す。「恥ずかしいやら、情けないやら」…S子さん心は打ちひしがれた。


   今の法律では、介護に苦労して親の面倒を見た人も、面倒を押しつけた者も、財産相続の権利は同じだという。欲にまみれて鬼の心になった者が“権利”を叫び立て、親の面倒を見た優しい心の人が、報われもせずさらにつらい仕打ちを受けかねない…肉親の間の口約束も信じられず記録を取っておかなければならない…そんな悲しい時代になって、心ある人々を苦しめている。


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