2011年09月09日号

親の有難さ


義姉が倒れて入院した時、70を過ぎた母親を連れて病院に見舞ったことがある。その見舞いの帰り、母親が看護師、病院関係者、しまいには玄関の守衛のおじさんまでもつかまえて、「よろしくお願いします」といちいち頭を下げるのだった。その姿に懐かしいものを見た気がして、有り難いものだな…と、ほのぼのとした気持ちで受け止めることができたのも、もはや50を過ぎようとしていた散歩人の年齢のなせる技だったのかも知れない。


   都会に出た息子を訪ねるたびに、とにかく「息子を頼みます」と、周辺の誰彼かまわずに頭を下げる母親が、若い頃は恥ずかしく、また閉口もしたのだが、年を取るにつれ、その姿が何とも有り難く思えてきたものだった。どちらかといえば内気の母親が、世間様に子供のことを頼む必死のその背中に、「他人(ひと)様の世話になるということ」…を知るようになる。どこの母親も似たようなもののようで、映画で同じようなシーンがあって、子の気持ちも母親の気持ちもよくわかって、ほほえましい気持ちになったこともあった。


   そのうち、年を経るにつれて、今度は立場が変わって「頼みます」と頭を下げられる機会が多くなった。時に、「親の覚悟」がその姿から感じられたりすることもあった。命をもかけかねない必死の思い…奥底に秘められたその迫力に気圧されて頭が下がる思いをすることが何度かあった。


   本当に、真っ正直に、年を取るほどに「親」は有り難いと思う…。


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