2011年10月21日号

No.133


私はメモ魔です。忘れっぽくなって来た事を素直に認め、とにかくメモをする。メモに残す事を習慣とするようになりました。その大切なメモを何処にどうしたのかを思い出せず、机のまわり、バッグの中身をひっくり返して探す事もあります。


   また時には仕事の中のひとつ、原稿を書く時に、私の小さな頭の中にはそれ程よいネタ、そして文才がある筈もなく、昔、メモ帳、雑記帳に書き留めた雑文などにすがる思いで頁を開いた時に、キラ星の如く光る短文が目に飛び込んで来たりするのです。すると有難い事に神様が私の右手に宿り、ボールペンを持つ手が動き出すのです。雑記帳の中には、いつ日の目を見るか解らない短文、詩の類が出番を待っています。その中に、此の度の東日本大震災の記事が目にとまりました。


   突如襲って来た地震と大津波、あの時の驚きと悲しみ、命の儚さ、命の重さと尊さ。3月11日の天地異変は忘れる事ができません。幸せな団欒の中で、一緒に御飯を食べていたのに、一緒に笑っていたのに、絶体絶命の人の力ではいかんとも仕難い天災でした。此の世の終わりかとも思う程の沢山の命が流されて行ったのです。
 一万人を超える命をいっぺんに奪い去った大地震に、生き残れたお母さんが我が子に再会できた時に「生きていてくれた。本当に嬉しい。あとはなにも要らない」これ以上の言葉、表現はないでしょう。「家屋も家財道具も全て流された。全てを失なったけど生きていた。尊い命があるから大丈夫です」この方の言葉に涙腺の弱い私は、原稿を書きながらまた泣いています。


   季節は10月、パウロ病院は、春に患者さんと植えたじゃが芋の収穫祭です。曇り空が気になります。晴れますように。


ロングパーカー

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